一体なぜ ”Here you are.”が「どうぞ」になるのか? 45年の年月を経過して、はからずも小5の息子が教えてくれたの巻。
yaozoです。
表題の通り、今日は”Here you are.” の問題です。
中学で習う型通りの説明➡納得なんてしていない
今日、スタサプの英検3級講座の第二回あたりで、場面ごとの決まり文句を息子と二人で見ていました。
May I help you?
とかいう決まり文句が出てきて、こういったフレーズが出てくるってことは、ショップにいて店員さんかが「いらっしゃいませ。(何かお探しですか?)」的な意味なので、まずはこういったフラグフレーズで、シチュエーションを想像すると、その後の設問が簡単に答えやすくなる、といった説明です。
その中には、”How much?” やら “How can I get to ~?” といった典型フレーズが沢山のせられていました。
それを、ワンフレーズずる、息子の理解を確認しつつ、進めていったところ、最後の方に、
“Here we are.”(目的日)さぁ、着いた。
“Here you are.” はい、どうぞ
“Here it is.” はい、どうぞ。
というのが出ててきました。
“Here we are.”(目的日)さぁ、着いた。
これは、簡単ですね。
色んな所で、解説している通りで納得ができます。
”We are here.” といいたいところを、英語は大切な言葉を前の方に前の方に置こうとする、順番を大切にする言語であり云々。
そりゃそうですね。「我々はここにいる。」を、「ここに、我々はいる」ということによって、「ようやく」「達成感」というものが、表現されています。”Here”が最初に置かれているのですから、”Here”こそがターゲットにされたアクションを達成した感じを表現していると、、、、。
なるほど。わかりやすい。
“Here you are.” はい、どうぞ
では、”Here you are.” は一体なんだ?
色々WEBをブラウジングしてみても、結局のよころ、「はい、どうぞ」と言う意味で”Here you are.”と言います、と言うこと以外、文法的に解釈しているサイトを寡聞にしてみたことがありません。
それは、「これはこういんだから、とにかく覚えろ式」で、どうも、気に入らない。
かくいう私も、中学でこのフレーズを習った時、「?」と思いながらも、全く理屈では理解できず、「とにかく式」で覚え、そうこうしているうちに、映画やドラマで実際にネイティブがこのようなフレーズを発するのを聴くことが増えるにつけ、はるか中学生の時に抱いた「?」は忘れ去っていったのでありました。
まぁ、まずは直訳でアプローチしてみると、「ここに、あなたはいる。」になります。
なんですかね、こりゃ、ということです。
たとえば、オーダーしたコーヒーが運ばれた場面なら、「ここに、あなたはいる。」と言う彼らは、どういうつもりで言っているのか?
「あ!オーダーしたあなたは、ここにいますね」的に解釈できないことはありませんが、ニュアンス的にはそういう感じで発していないなぁ、、、、。
たとえば、 ”Here”が指しているのが、”you are”であれば、「お!ここに、あなたがいらっしいましたね」「コーヒーをオーダーしたのは、ここにいるあなたですね」ということで解釈することができないでもありません。
しかし、彼らはお客さんを発見したタイミングでこのフレーズを発していません。
このフレーズを言ってるときのネイティブは、なにもオーダーしたお客様を見つけたことに焦点が当たっていません。
あくまでも、オーダーした人に対して、すぐ近くにきて手渡す際のタイミングで「はい、どうぞ。(楽しんでください。喜んでください)」と言っていることは確かです。
“Here it is.”は単純だ
たとえば、文形は大変似ていますが、”Here it is.”は、↑のフレーズとは全く分の成り立ちが逆になります。
“Here we are .”に近いですね。
”It is here.”の”Here”を強調したいから、前に持ってきただけです。実際に”Here”で指されるのは、”it is”「それがここにある」「それがここに存在する」と言うことにすぎませんので、極めて単純です。他に解釈のしようがありません。
手渡すコーヒーに焦点をあてて、「はい、ご注文のコーヒーがここにありますよ」という、なんとも面白味のない表現ですね。
身体の延長としての”Here You are.”という解釈
で大体このあたりで思考はストップします。
ところが、ところが。
本日息子にこのフレーズを説明していたところ、「正直、なんでこういう風にいうかわかんないんだよねぇ」と説明しました。
そこで、息子が最近はまっている卓球の話を始めました。
「たとえばさぁ、卓球のルールだと、ひじから上に玉があたってかえした場合はOKなんだよね。ってことは、ひじから上~手~ラケットまでがひとつの塊なんだと思う。」
「だから、昨日店員さんに、ラケットのラバー張ってもらって僕の手に渡った瞬間、『さぁ、この新しいラケットとあなたの肘までが(新しい)あなたになったよ』どうそ、楽しんでね、みたいな意味で言ったと思うんだよ」
「だから、店員さんからすると、『ハイ、これ持ったあなたが、今から(新しい)あなたね』っていう気分なんじゃない?」などとのたまった。
言い方は稚拙ですが、言っていることは極めてハイブラウなことを言っています。
つまり、渡し手から受けてに対して、↑の例でいうなら「これを私が今あなたに渡すことによって、(ここに)新たなあなたが存在するのですよ」と宣言しているのではないでしょうか。
たしかに、店員にラケットを渡される前の息子から、渡された息子に変わるのですから、「ここに、これにおいて(here)」あなたは(新たな)あなたですよ。ということになります。だから”you are”と殊更現在形をつかっているわけで、”Here you were.”では決してないわけです。
渡されてから、(新しい)”you” として存在するわけですから。
すごい、息子は「身体の延長としてのラケット」というような概念を援用して理解しているわけです。
専門的な論文には当たっていませんが、私としては、14-15歳で抱いた疑問が、45年の時を経て、はたとひじを打つようにスッキリした瞬間でした。
なるほど、そうか。
そういう解釈なら、どんな場面の”HHere you are.”でも当てはまるなぁ、と大喜びした次第でした。
大体の英語学習うWEBサイトでは、なぜ”Here you are.” がどうして「はい、どうぞ」と、渡し手が受け手に何かを渡すのかの説明が見つけられませんでした。
どなたか、専門の方で、ちゃんとした解釈をご存じの方いらしたら、どしどしお寄せください。どうぞよろしくお願いします。
書きながら色々調べてたら、
https://takto-explorer.com/2020/english-88-grammar-here-you-are/
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Here (is what) you are (after/asking for).で、「あなたの求めているものはここにあるよ」的な意味の省略表現になっている
というのが、「省略的表現である」と言う考え方の最高峰のように思えます。
実際、英英辞典なんかで、これはこうこうこういう場面で使われる、的なリサーチをしても、結局「こう言うようになったので、こういう意味です」的ななにも説明していないものばかりなので、TAKARTOさんも、「あくまでも個人的な考えで、、、、」と紳士的に抑制しています。
私は個人的には息子のいうような、「ここに、(これが加わった新たな)あなたになったのよ」的な「あなたの概念が新しくなった」というアプローチの方がしっくりきます。
あくまでも個人的な好みの問題ですけどね。
ちなみに、知恵袋にもいくつか、全く同じ疑問を抱える方が質問していますが、回答者の答えは全く英語のテキストの域を出ないもので、根本的な解釈、なぜそうなのか?について書かれたものはありませんでした。
こういう疑問のあるあるですが、ネイティブに聞いても十中八九以上、わからないと思います。なにせ彼らは、赤ちゃんのときからなんの疑問も持たずにそうやって使って来ただけですから。
yaozoでした。
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