助動詞のdoはなぜ必要か?
yaozoです。
自分の子供に中学英語を教えているときに、最初に困るのは、be動詞の疑問文/否定文と、一般動詞の疑問文/否定文の語順ルールが異なる点です。
be動詞の場合と一般動詞の場合
つまり、こういうことです。
<be動詞の場合>
You are a student. → 主語→動詞→補語
Are you a student? → 単純に主語とbe動詞と入れ替える。動詞→主語→補語の順になる。
You are not a student. → 単純にbe動詞の直後に否定辞notを加えるだけ。主語→動詞→補語のまま。
<一般動詞の場合>
You play tennis. → 主語→動詞→目的語
Do you play tennis? → 助動詞のdoが文頭に加えられ、主語→動詞→目的語
You don’t play tennis. → 主語→助動詞→動詞→目的語
とまぁ、おなじみのこんなルールを教えるわけですね。
まずはbe動詞編が出てくるので主語、動詞、補語、など語の役割と語順を教えます。
なんとか覚えてもらい、主語や補語を変えたりして、一通り理解してもらいます。
そして、次に一般動詞に進みます。
すると、ついさっき教えたbe動詞の場合といきなりルールが異なります。
ですが、子供はさっきのbe動詞のパターンは(残念ながら)あまり覚えていないので、一般動詞のパターンをいわれた通りに覚えます。動詞と目的を変えたりして、一通り理解してもらいます。
ここまでは問題が前景化しません。
で、問題が発覚するのは、「まとめブロック」にきたときです。
be動詞の場合と一般動詞の場合の、平叙文と疑問文と否定文。そして一般動詞の平叙文と疑問文と否定文をそれぞれ、語の並び替え形式で答えさせようとしますが、be動詞はなんとか思い出せるようで、正解するのですが、だからこそというか、一般動詞では、急に混乱し、「あれぇ、なんだっけ?」となるわけです。
ここで子供ははじめて、be動詞の各文形と一般動詞の各文形が違うことを、一覧的に知ることになるわけです。
ひとつひとつなら、理解もなにも、とにかく記憶しろと言われたので記憶して終わるのですが、このように異なるルールのものが一度に出てきて質問されると、わからなくなります。
これだけ基礎的な文章にもかかわらず、be動詞と一般動詞でルールが異なる、とうのは子供にとって相応にショックなことだと思います。
一般動詞もbe動詞と同じルールだった
で、ここはやはりこどもだからこそ「そもそも論」というか、「理屈」をちゃんと教える必要があると思い、これまでの知識と新たに調べて得た知識を総動員して丁寧に教えます。
1.まず古い英語では、一般動詞の場合もbe動詞と同じルールだった。
You like me.
Like you me? → 動詞→主語→目的語
You like not me. → 主語→動詞→否定辞→目的語
2.動詞の格変化(と言う言葉は使いませんが、日本語の語尾変化を例に教えます)が徐々になくなり、主語が誰だか不明瞭になります。よって、これを明確にするには、語順が大変大切になった。主語はやはり先頭に置きたいというのが自然な考えだ、教えます。大事なことは先に言うのが英語だ、ということで。
3.一般動詞の基本語順は「誰が→する→なにを」であり、これは守りたい。
この点は案外簡単に受け入れてくれます。「へぇ、違うんだ。わかった」で終わり、一発で覚えてくれます。
4.ともかく大事にしたい「主語→動詞」の順を守りつつ、疑問文も否定文も作るために、助動詞として便利な「do」を使うこととした。
そもそも一般動詞の中で「do」は最も意味中立的、というか、なにかをしたかしないか、でいうとした、ぐらいの意味しか持っていない、非常に根源的な一般動詞なので、なにが固有の動詞の色がついていないから便利に使われたのではないだろうか、と説明しています。
一般動詞に隠れているdoを表に出して考えよう
5.だから、一般動詞の平叙文は、実は↓のようであると考えるとわかりやすい。
You like me.
という文章は、本当は、
You do like me.
である。
すると疑問文を作りたかったら、doを語頭にもってきて(be動詞を語頭にもってくるルールと同じ)↓のようにする。
Do you like me?
否定文は当然、助動詞の直後にnotをもってきて(be動詞の直後にnotをもってくるルールと同じ)↓のようにする。
You do not like me.
でこの後に、3単現の話も持ってくる。
6.そもそも3単現の平叙文は、実は↓のようであると考えるとわかりやすい。
He does like you.
この文章における「like」のような、動作の内容を言い表したい重要な動詞は、原形まま使える。likesのように動詞を語形変化させる必要がないので実は楽チン。
※「どうして、3単現だけ語形変化しなきゃだめなの?」の質問については、本来どの人称でも語形変化してたんだけど、3単現だけそれが残った、というところまで説明。その理由については割愛する。
すると疑問文は、当然doesを語頭にもってきて(be動詞を語頭にもってくるルールと同じ。かつ主語→動詞の順番は変えなくてOK)↓のようにする。
Does he like you?
否定文は当然、助動詞の直後にnotをもってきて(be動詞の直後にnotをもってくるルールと同じ。かつ主語→動詞の順番は変えなくてOK)↓のようにする。
He does not like you.
結果として、子供に一般動詞を教えるときは、平叙文を“You do like me.”のように、平叙文の強調形と呼ばれる形が基本だと、教え込みます。
とにかく、3単現の場合の平叙文も”He does like you.”が基本だと教えます。
だけど、「does like」を重ねて短くしたいという要請があり、その際に「does」の「s」や「es」が動詞の原形に重って、「like」なら「likes」になるのだ、と教えます。
もちろん、迂回的でややこしいとも思えますが、一般動詞については、特にこういった理屈を教えないと、母国語でないだけになかなか腹落ちしないと思います。
「be動詞」に対して「do動詞」?
私は子供に教えているとき、時々ですが、一般動詞のことを、「be動詞」になぞらえて「do動詞」と言ったりします。もちろん、あまり当然のように使うと学校で「do動詞は~」などと言ってしまいかねないので、程度をわきまえています。
ただ、少なくともこのように分析的に教える際には、「do動詞」の文型なんだ、と意識させて教えています。
いつものようにhellogでそのあたりのことを調べていたら、「迂言的doの発達」という投稿がありました。
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2010-08-26-1.html
wikiで調べると、「迂言法(うげんほう)」という修辞法があって、ある事柄を言葉で表現する際に、簡単な言い方で言える方法ではなく、同じ意味となるような複数の単語によって表現する方法だそうです。
文法用語としては、語形変化などの代わりに、複数の単語による連語を用いる方法を指すとのこと。
日本語でいえば、「行ける(can go)」で短く言えることを、「行くことができる」とすれば、「行く」を語形変化させずに、直後に「ことができる」を加えることで、同じ意味を表せます。長ったらしいですが、日本語が母国語でない場合は、ルールが単純なので理解しやすいと思います。
このような方法を迂言法というようです。なるほど。おもしろいですね。
他方、母国語話者が、ビジネスで上手な文章を書くコツの1つとして、このように「行ける」で簡潔にすませられる表現があるにもかかわらず「行くことができる」と書くのは冗長でよろしくない、と言われます。
たとえば、「実施することができる」よりは「実施できる」でよいわけです。「行える」で自然な場合その方がもっと良い。
なので、迂言法は日常的には、「回りくどい」言い方である、と認識されます。
それはさておき、堀田先生がdoについて「迂言的」といっているのは、(複雑な語形変化を覚えるのは大変だという立場に立てば)これにより、一般動詞を変化させずに済ませられる機能を担っている、というような意味合いで使っています。
投稿内のグラフを見ると、疑問文での用法が、doの頻用を促進させたようです。
いやぁ、こう見てくると、実に面白いですね。
子供だって大人だって、「いいから覚えろ」と言われるより、このように歴史的経緯や理屈を説明された方が、より記憶に定着しやすいですし、なにより楽しいですね。
英語学習については高額なスクールに通う前に、かなり計画的に学習誘導してくれるような、自学ツールでコツコツやるのも一つの手ではないでしょうか。
ちなみに、うちの中一の娘はこれで英語頑張ってます。
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