英語の綴りと発音が違う3つの理由

英語学習



英語の綴りと発音はなぜこんなに違うのか?

私がはじめて英語に触れてからかれこれ半世紀近く経とうとしていますが、ずっと不思議だったのは、なぜ英語はここまで綴りと発音が違うのか、ということです。
これは、英語が嫌いになった人の多くが、その理由としてあげる点でもあります。

「beautiful」「handkerchief」などの長い単語は言うに及ばず、英語で数を数えるという、英語学習の初歩中の初歩の段階から、綴りと発音の関係はかなりおかしなことになってます。

「one」は「オネ」と発音しませんし、「two」は「トゥ・ウー」と発音しません。「three」にいたるや、もはや母音と子音の組み合わせがなんだかわかりません。「トゥ・フ・レエ」とでも読むのでしょうか。

この時点ですでに「あれ~?ワン・ツー・スリー、じゃないのぉ?」とショックを受けることになります。もちろん、そんなところで止まっているわけにいかないので、丸暗記するわけですね。「何度も書いて覚えましょう」です。

日本で生まれ育った方ならだれでも、なぜこうもローマ字と違うのか、そして綴りと発音に規則性がないのか、と不思議に思ってきたことかと思います。学校の先生に質問しても、「長い歴史の中でこうなったので、とにかく覚えるしかない」というのが常套句だったでしょう。

たとえばスペイン語など、綴りと発音の連動性が高い言語と比べれば、英語という言語の最初にして最大の学習障壁になっているといっても過言ではないでしょう。

学校を卒業して、幸いにも(不幸にも?)英語の学習から解放された方はさておき、私のように、単に好きで勉強する人から、ビジネス上の必要に迫られて勉強する方まで含めて、社会人になっても英語を勉強する人はたくさんいるでしょう。そんな私たちにとって、実はこの問題を避けて勉強するのは、かえって効率が悪いのではないか、というのがここ数年の私の考えです。

 

堀田隆一先生の『はじめての英語史』

私自身、英語学者が一般の学習者向けに書いた「英語史関連書」の数々を読むことによって、はじめて積年の多くの疑問が解け、より英語の勉強に励むモチベーションを得られました。その最初の1冊が、英語学者の堀田隆一(ほったりゅういち)先生の著書『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』です。

英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史[本/雑誌] / 堀田隆一/著

価格:2,376円
(2019/4/5 20:29時点)
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この書籍には、補足用のサイトがあり、大変充実していますので、まずはここでこの本の概要を確認してみるとよいかもしれません。
http://www.kenkyusha.co.jp/uploads/history_of_english/introduction.html

この補足サイトで、堀田先生はこの本を「とりわけ学校などで英語を教える先生方に読んでいただきたい」と書いています。そしてこの本の狙いとして以下の5つをあげています。

1. 誰もが抱く英語の「素朴な疑問」に、納得のいく解答を与えます
2. 新たに生じる「素朴な疑問」にも対応できる、体系的な知識の必要性を説きます
3. 学問分野「英語史」の魅力を伝えます
4. 英語、英語学習、英語教育に対する「新しい見方」を提案します
5. 歴史的な視点から、英語について「目から鱗が落ちる」体験を提供します

実際に読んでみると、どの点も「なるほど~、そうだったのかぁ」と、ため息とともに深く納得できるものです。

堀田先生は、「hellog(“History of the English Language Blog”の略) 」というブログを運営していて、上の著書はこのブログのコンテンツを土台にして作られているとのことです。ものすごい頻度で更新しているので、大変多様でボリュームのあるブログになっています。

http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/

そこでこの投稿では、この「綴字と発音の乖離」問題への回答として、著者の堀田隆一先生が『DMM英会話Blog』でインタビューに答えたコンテンツを参照してその理由を3つに絞り込み、私なりに調べた情報とあわせて、紹介します。

引用元コンテンツページは、同社の濱名栄作氏が堀田隆一先生にインタビューし、2017年6月17日に投稿されたもので、タイトルは『圧倒的腹落ち感!英語の発音と綴りが一致しない理由を専門家に聞きにったら、犯人は中世から近代にかけての「見栄」と「惰性」だった』です。

 

まずインタビュアーは、小学校で習った「ローマ字」を習ってひらがなをかけるようになったのに、英語の勉強をはじめると、いきなり「チェアー(chair)」などとローマ字とルールが違うことに驚いたといいます。みんなそうですよね。

先生はこれに続けて「中島さん」をローマ字で「Nakajima」と書くと、ネイティブには「ナカジャイマ」と発音されてしまう、と英語では綴りと発音がずれる点を指摘します。

たとえば、「a」という文字に対して「ア」と読んだり「エイ」と読んだりと、「一文字に対して二つ以上の発音が対応してしまう」のが、英語綴りを難しくしている原因だ、と言います。

 

隣の客はよく柿食う客だ

これがどれくらいずれるのかは、読者の方も簡単に実験して体感できます。

たとえば、MSワードで上のように「Nakajima」でも、ご自身の名前でも打って、「読み上げ」機能を使って読ませてみてください。どれくらいローマ字読みと想定ネイティブ発音が異なるかの検討がつきます。
※「読み上げ」が表示されてない場合は、「クイックアクセスツールバー」をカスタマイズして「読み上げ」機能を追加してください。

この読み上げ機能を使って、ずれを補正して日本語どおりの発音をさせるためには、ローマ字綴りに工夫が必要になります。たとえば、「隣の客がよく柿食う客だ」を

tonarino kyakuha yoku kaki kuu kyakuda.

とヘボン式で綴って読み上げさせると、とんでもない発音になります。もちろん「客は」の「ha」は「wa」にしなければならないのは想像つきますが、「kyaku」などは全く「きゃく」に聞こえず、「カイヤック」みたいな感じになります。

私がトライして、一番近くなったのは、こんな感じです。

tonalino kiakuwa yoku kaki ku kiakuda.

特に母音が絡むと難易度が高く、「青」などは、そのまま「ao」だと「エイオウ」になるのは想定内なのですが、「あ」と「お」をくっつけて綴ると、何をどうしても「あお」にはなりません。一番近いのがこれでした。

ah oh

「a o」だと「エイオウ」になり、「a oh」だと、「アッ・オウ」という詰まった感じになってしまいます。

 

さて長い前置きはこれぐらいにして、堀田先生による、英語で綴りと発音が違う3つの理由を確認してみましょう。



 

英語の綴りと発音が違う3つの理由

理由1:学者が見栄をはりたかったから

英語の発音が時代の流れの中で変化していったにも関わらず、文字の読み書きができる「知識人」が、「見栄」を張りたいために、発音しない文字を綴りに挿入してしまいました。その綴りで「書物」を書いたり読んだりするのは学者だけなので、それで問題ないわけです。

たとえば、「debt」という言葉がありますが、これはラテン語を語源とするフランス語経由で英語に借用されました。借用されて使われている中で、「b」が脱落して発音が「デット」になりましたが、当初、綴りは発音に近い「dette」があてられてきました。

しかし、語源のラテン語「débtium」を知る「学者」が、「かっこいい」ラテン語を知っている自分と、それを知らない庶民を差別化するために、わざわざ「b」を綴りに戻したのです。

しかし庶民は本を書いたり読んだりしないため、その綴りを見たことがないので、庶民の間では発音は「デット」が使われ続けました。そして当然数の上では庶民が圧倒的多数なので、発音は「デット」で流通します。

といことで、綴りは学者主導で「b」のある「debt」が使われたが、発音は庶民が主導だったので「b」のない「デット」が使われ続けた、ということです。

 

理由2:フランスに征服されたから

古英語時代は、発音と綴りは一対一対応だったのですが、中英語時代(1100年~1500年頃)には、運悪く、イギリスがフランスに征服されていていました。

この時代、王侯貴族の間ではフランス語が公用語として使われていたことから、母国語である英語の権威が下落していまい、自国語は劣った言語として、ないがしろにされることになります。

そうなると、まず中央で権力を握っている人々にとって、英語は使わないのでどうでもよい言語であり、庶民は庶民で、文字を書く人であっても自身の方言の発音に準じた綴りを採用するようになっていきます。そして、イギリスは日本と同じく、その土地の面積の割には方言の多様性が高い国です。よって、庶民の綴りはお国訛りそのままに多様性が高まっていくわけです。

また、この頃英語はフランス語から多くの言葉を借用し、語彙が増えるわけですが、発音は庶民優位でイギリス流に訛るものの、綴りは特権階級優位ですのでフランス語に忠実にしたがるるという具合に、ラテン語のケースと同様に綴りと発音の乖離が発生してもおかしくありません。

ようやくフランスの支配から解放された時に、ようやく「標準語がない」ことに国として問題視するようになったわけですが、その時にはすでに綴りと発音の組み合わせは百花繚乱の状態になっていたのです。

 

理由3:トップダウンで決めなられかったから

1400年頃から標準語を作ろうという機運はありましたが、綴りの標準化に貢献するに十分権威のあるような辞書が刊行されたのは、なんと1755年のことでした。それまで、たとえば「through」という言葉には515通りの綴りがあったとのことですので、いかに綴りが多様だったかが推察されます。

標準化の土台になる辞書を獲得するまでに3世紀半もかかってしまったので、辞書で定められた綴りは、たまたまその時に(学者の間で)最もポピュラーだったものが、「惰性的に」採用されました。

そして運悪く、ちょうどそのころに印刷技術が発達したため、この頃の綴りの定着に拍車がかかったことから、逆戻りが困難になってしまい今に至るというわけです。

当然、英語を使っている人々自身も、このずれを不便だと感じていたわけで、長い歴史の中で何度か、綴りと発音を一致させようという運動は起こるのですが、その度に保守的な学者が異を唱えて、結局一致を見ることはありませんでした。

 

まとめ

ということで、これが英語学習者を悩ます、英語の綴りと発音が違う3つの理由でした。

理由1:学者が見栄をはりたかったから

理由2:フランスに征服されたから

理由3:トップダウンで決めなかったから

 

細かく見ていくともっといろいろ言うべきことがあるわけですが、まずは初歩的説明として上の3つを知るだけで、少なくとも「なんの理由もなく、藪から棒にこの2つが一致していない」わけではなく、ちゃんとした理由があることがわかります。納得がいきます。

だからといって、単語の暗記のチカラが2倍になったりするわけではありませんが、英語の一大特徴の1つである「綴字と発音の乖離」について、本投稿を読む前よりは受け入れやすくなったのではないでしょうか。もしそうであれば幸いです。

英語学習については、高額なスクールに通う前に、かなり計画的に学習誘導してくれるような、自学ツールでコツコツやるのも一つの手ではないでしょうか。 ちなみに、うちの中一の娘はこれで英語頑張ってます。

 

 

堀田隆一先生の著書は以下にもありますので、まとめて読んでみると、堀田ワールドが外観できて良いと思いますよ。

私は大体一冊読んで気に入ると、その著者の主だった本はとりあえず、何も言わずに買ってしまい、一気に読む、という習慣を持っています。著者の一冊、一冊で言いきれてないところなどが、複合的に見えてきて、はっとすることが少なくありません。

また、よく言われる「繰り返し(同じことや同じテーマについて触れられている点をネガティブに言う方がいます)」については、私はどちらかとポジティブ派です。大体、記憶力があまりよくないので、繰り返してもらった方が深く深く入ってくるのが一つと、繰り返すというのは、異なるアスペクトで書かれた本においても、同じく重要になってくるテーマだという点でいうと、なにがその著者にとって殊の外肝心なテーマなのかがわかるので、その意味で示唆に富むわけです。

今のところ、堀田先生の著書・訳書は↓のものもあります。おすすめです。


 


 

↓これも英語史を学習する人にはとても役に立つと思います。私は好きです。イラストレイテッドというだけのことはあります。何事も実物を目でみる(この界隈は、目で見れるものの方が少ないので貴重ですよ)ことは大事ですね。インパクトがありますし、記憶に残りやすい。

また、過去のことを、なにかあの世のことのように思わずに、単に何年か、何十年か、何百年か何千年か前の話にすぎないと、リアリティを持って接することができる、しやすくなる。

 

英語史は、英語学習者にとって、「学校で習ったような気がするが、なんかめんどくさくて、ちゃんとやらなかった」が、昨今、英語の学習の効率アップの観点からも見直しが図られているように思います。

簡単な英会話や英語文をディープに理解するには、英語史は極めて重要だと思いますよ。まじで。

 








Posted by yaozo