ピーター・バラカンが選ぶ80年代ロック
yaozoです。
以前の投稿で、amazon musicのプレイリストでは、有名人が選曲した「○○が選ぶ~」みたいなものがあって便利だと紹介しました。
実は80年代ロックも素晴らしかった?!
で今日レコメンされていたのは、前回と同じピーター・バラカンの選曲によるプレイリストです。
テーマは、「激動の80年代の音楽シーンの中での名曲たち」とのこと。
以前の投稿で何度か書いていますが、私は10歳そこそこで、親戚のワルなおじさんから、キングクリムゾンやレッドツェッペリンを聴かされ、その後ビートルズに浸って10代を過ごしたため、20代に入った1980年代の音楽には随分がっかりして過ごした、という記憶を持っています。
もちろん、そんな中でも、オンタイムのミュージシャンの曲に感動した経験も少なからずありましたが、音楽ファンの中に少なからず存在すると思われる、「ロックは70年代で終わっている」的な固定観念で生きています。
そんな私や同じような傾向を持つ音楽ファンに、ピーター・バラカンが「80年代にもこんな素晴らしい楽曲が生まれていた。そして、その後もそうであり、60年代、70年代だけが輝いていたわけではない」というメッセージとともに、プレイリストを作ってくれたというわけです。
フィル・コリンズの「In the Air Tonight」にはじまり
ニック・ロウの「I knew the Bride」
チャカ・カーンの「I Feel For You」
スザンヌ・ヴェガの「トムズ・ダイナー」
ジェベッタ・スティールの「コーリング・ユー(Bagdad Cafe)」
Talking Headsの「Remain In Light」と「Speaking In Tongues」と「Little Creatures」「Best」「Stop Makling Sense」から数曲づつ
と全18曲のリストを提供してくれてます。
「そっか、やっぱり、どの年代でもいい楽曲は生まれており、実際私自身もしっかり楽しんでたな」ということを思い直させてくれます。
フィル・コリンズの曲では、ドンカマ(チープなリズムマシーン)から、フィジカルなドラムが「ドドン・ドドン・ドドン・ドドン・ダッダ」と入ってくるところのドラムのサウンドには随分ショックを受けたことが思い出されます。びっくりしたなぁ。
たしか、このサウンドメイク自体は、フィル・コリンズ(だか彼のプロデューサー)が、別の楽曲のものを模倣したので、彼らの発明ではない、みたいなことをどっかで読んだことがあるような記憶がありますが、まぁ、そういうことはどうでもいいですね。実際。
ニック・ロウも、私の頭の中の「音楽棚」では、エルビス・コステロのすぐ隣あたりに整理されている大好きなアーティストです。
「コーリング・ユー」は「バグダッド・カフェ(日本公開は1989)」のテーマソングで、今思えば、バブル突入期の空気感を思い出させてくれます。「ミニシアターブーム」とかね。色々あったね。そういえば。
トーキング・ヘッズとイギリスのおじさんたち
で、18曲中なんと10曲という半分以上を占めているトーキング・ヘッズです。
デビュー曲「サイコキラー’77」でその独特のシアトリカルなパフォーマンスと、おかしな曲調で、新たな波(ニュー・ウェイブ)の幕を開けたトーキング・ヘッズ。
本格的に偉大な仕事をするのは、「モア・ソングス(1978)」でブライアン・イーノをプロデュースに迎えた彼らが、再びイーノと組んだ通算3枚目のアルバム「フェア・オブ・ミュージック(1979)」からではないでしょうか。
「I Zimbra」では、新星キング・クリムゾン結成直前のロバート・フリップがギターで参加しています。
歴史的視点を持って今聞けばわかるのですが、まるで80年代の新星キング・クリムゾンそのもののサウンドです。クリムゾンファンが聴けば、ボーカルにデビッド・バーンを招いたクリムゾンといってもおかしくありませんね。
時期的にはこちらの方が先に世の中に出ているので、新星クリムゾンの「ディシプリン」がリリースされた時は「クリムゾンがトーキングヘッズ化してしまった」などと言われていたようです。
でいよいよ、イーノとの3作目「リメイン・イン・ライト(1980)」では、「ワンス・イン・ア・ライフタイム」等のヒット曲も出し、メインストリームで不動のポジションを獲得することになります。
このアルバムは数年にわたるイーノとの共同作業の集大成といってよい作品で、彼らを代表するアルバムと言っていいのではないでしょうか。
今では全く珍しくない、「アフリカン・ポリリズム」的な楽曲の一般化したのは、このアルバムだと思います。
ポール・サイモンがアフリカンな要素を強調して制作した「グレイスランド」をリリースしたのが、1986年ですから、トーキング・ヘッズのアフリカン・サウンドの導入とその成功というのはかなり早かったですね。
そして、イーノのプロデュースを離れ、セルフで制作された「スピーキング・イン・タンズ(1983)」。
個人的にはヒットした「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」が好きでした。
最後の楽曲は、正確に言えば「トム・トム・クラブ」のナンバーなのですが、トーキング・ヘッズのライブの中で、トム・トム・クラブのコーナーを設けていたようで、ヘッズの「ストップ・メイキング・センス」というコンサート映画のライブバージョン。
若い方は、イントロを聴いて、マライア・キャリーの「Fantasy」の方を思い出すのではないでしょうか。
小結論
ということで、この投稿での小さな結論としては、決して80年代のロックがつまらなかったわけではない、というものです。
もとより、つまらなかったなどと思っていない人にとっては、「なにを今更」という感じだと思いますが、私のような「クラシック・ロック」のファンにとっては、80年代以降というのは、なかなか厳しい時代だったという印象が強いわけです。
実際、ピーター・バラカンが選んだものも、半分以上がトーキング・ヘッズであり、言い方を変えると、「80年代のロックはトーキング・ヘッズしかなかった」と言っているようなものです。
このあと、同様のプレイリスト「パート2」「パート3」とリリースされるのかもしれませんが、とりあえず、偏屈な彼としては「80年代は、ヘッズぐらいかねぇ」というメッセージだと取ることができます。
私個人としては、彼がここまで絞り込んでくれたおかげで、「なにも、そこまで絞り込む必要はないのでは?コステロもいたし、ポリスもすばらしかったし、クリムゾンは新たなサウンドを聴かせてくれたし」などと、80年代ロックを擁護したくなるような気持ちになりました。
そういう意味では、長期記憶を刺激してくれる、かなり偏ったプレイリストであり、効能があったということかもしれません。
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