ポール・マッカートニーのベースの変遷

Music, 芸術

yaozoです。

前の投稿で、『Rain』のベースがヘビーで目立っていると書きました。

ポールがレコードでベースの音を、それまでよりも明瞭に、相対的音量も大きく、というように意識した最初の作品は、この『Rain』のカップリング曲『Peperback Writer』だと言われています。

ポールのベースの前景化

wikiで『Peperback Writer』を見ると、↓のようにベースのブーストについて解説されています。発想元がウィルソン・ピケットで、しかもそれを言い出したのが、ジョンだというのが興味深いですね。

なにも、ポールの自己顕示欲の発露ではないということですねw

「ペイパーバック・ライター」のレコーディングは、1966年4月13日と14日にEMIスタジオのスタジオ2で行われた。サウンド面では、ウィルソン・ピケットのレコードに影響されたジョン・レノンの要望に応えて、ブーストされたベースの音を主体とした楽曲となっており、これ以降解散するまでベースがビートルズ・サウンドの中核となった[14]。なお、本作はアルバム『リボルバー』のためのセッション中にレコーディングされたが、『リボルバー』には収録されていない。

しかも、レコーディングで使用しているベースが、それまでの愛機、ポールといえばこれと言われる「ヘフナー・バイオリン型」から、ウィングス時代の写真で多く目にした、例のリッケンバッカーに変えたらしいです。

wikiで、そのあたりのことがちゃんと書かれていました。調べてみるもんですね。

レコーディング・エンジニアを務めたジェフ・エメリックによると、マッカートニーはリッケンバッカー・4001Sを使用したとのこと。ベースは、ラウド・スピーカーをマイク代わりに使用してレコーディングされた[14]

 

『Paperback Writer/Rain』のシングルは、『Revolver』レコーディングと同時期に行われたようですが、その後おそらくはずっとリッケンバッカーを使ってレコーディングしていますね。


 

とはいえライブではまだヘフナーだよ~

で面白いことに、スタジオではリッケンバッカーを弾いてレコーディングされ、1966年5月にリリースされた『Paperback Writer』ですが、『Rain』のプロモと同日に撮影されたと思われるプロモーションビデオでは、『Rain』同様、ヘフナーを使ってマイム演奏しています。まぁ、当然ベース二本持ってくわけありませんからね。

↓は、ご存じ「世界初?」の『Paperback Writer』のプロモーションフィルムです。

特に、ポールがヘフナーを選んだのは「安い」というのと「軽い」という点を重視したからだとどこかで読んだような気がします。

このベース、スケールがレギュラーより短い、ショート・スケール(ギブソンのSGベースもそうです)なので、フェンダーのジャズベースやプレシジョン等、多くのプレイヤーが弾いているベースに比べて、ミッドに偏っていて、低音と高音の成分が少し足りないと思いますが、ポールは途中まではそのようなことは特にお構いなしだったようです。

貧乏で長時間演奏が求められたハンブルグ時代にベースに乗り換えた(誰も弾く人がいないので『じゃあ、俺弾くわ』的にベースに回った感じ)ので、とにかく壊れても買い替えしやすく、軽くて取り回ししやすいヘフナーベースは、彼のベストチョイスだったと思います。

で、上で書いたように、ジョンに『低音足らないんじゃね?』と言われるまで、ずっとこれ一本で通してきたのでしょう。

はたとえば、『Paperback Writer』リリース直後の1966年6月30日から3日間にわたって行われた同時期の日本公演にも、この曲がセットリストに入っていますが、ヘフナー・ベースでマイムではなく、ライブでもこの曲がヘフナーでプレイされており、また興味深いです。

↓の動画で25’頃に、例のコーラス・イントロが始まります。


 

しかしまぁ、この日本公演のセットリストは、不思議な構成になってますね。

『Rock and Roll Music』から始まり、『Rubber Soul』期のシングル『Day tripper』が演奏され、途中で珍しい『Yesterday』のバンド演奏バージョンがあったかと思うと、懐かしい『I Wanna Be Your Man』に戻ったり。その後は『Revolver』アルバムから『And your bird can sing』と『Paperback Writer』が披露されます。で最後はまたロックンロール『I’m Down』で締めると。なんだか、前期から中期のビートルズの楽曲を、あまり深く考えることなくライブでやれそうな曲をちゃちゃっとリスト化したような感じにも見えます。

もちろん本人たちが演奏したい曲、演奏しやすい曲の中から、30分くらいの短尺の構成を考慮してセットリストを作っていたとは思いますが、我々は、なんなら最近のポールの活躍から、逆回しで過去のビートルズの活動を見てしまいがちですが、本人たちは(無論そんな未来を知る由もなく)その時その時を一所懸命生きていただけですから、いつでもそれが正解なんですけどね。まぁ、ただ不思議だなぁ、とは思います。

日本公演も不思議ですが、そういう点では、ビートルズのオフィシャルでのラストライブは、1966年8月29日の「キャンドルスティック・パーク(サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地)」ですが、これだって、1966年8月5日に『Revolver』がイギリスで発売され、8月8日にアメリカで発売された後になります。

なので、この「スタジオ・ビートルズ」の本格的幕開けとなったアルバム、と認識されている『Revolver』が、レコーディング、リリースされた時期にはまだ全世界をライブして回っていた、というのが極めて違和感があり、これもまた興味深いですね。

全世界のホテルとライブ会場の往復でへとへとになっている合間に、『Rubber Soul』も『Revolver』もレコーディングしていた、なんてのが奇跡的だと見た方が自然かと思います。一体、どういう感じで生きてたんでしょうかねぇ。この4人組は。

 

でベースの話に戻りますが、印象的な『Let It Be』の「ルーフトップコンサート」では、「若いころのライブバンドに『Get Back』する」というコンセプトに沿ってのことだと思いますが、再度ヘフナーに持ち代えています。

↓が世界中でよく知られるルーフトップ・コンサートの画です。

ポールが(ジョージを怒らせてまで)こだわってつくった『I’ve Got A Feeling』ですね。

ちなみに、この場所、私も娘を連れてイギリス旅行した際に、行ってみましたが、今はApple(もちろんビートルズの方ね)の事務所もありませんので、なんでもない通りになってましたが、、、。

この日のビルの屋上は大層寒かったらしく、ポール以外の、ジョン、ジョージ、リンゴの三人は、確かそれぞれの奥さんからコートを借りてきたまま演奏していると読んだことがあります。

ジョンのフォックスっぽい毛皮のコート、ジョージの黒くてふわふわしたコート、リンゴの真っ赤なレインコート。

言い出しっぺのポールだけは、カッコつけたかったのか、気が高ぶって別に寒くなかったのか、理由はわかりませんが、かっこいい黒の上下のスーツにストライプのワイシャツという感じで高らかに歌い上げてます。気持ちよさそう。

『Let It Be』アルバムでも、ジョンが

寒くて手がかじかんでコードが弾けないよ~ん

などと半泣きのセリフが聴けますが、相当寒かったんでしょう。

 

ともあれ、ポールのベースは、このルーフトップ・コンサートの有名な演奏でもヘフナーですし、『ザ・ビートルズ:Get Back』で見られるトゥイッケナム・スタジオのあの寒々しいシーンのいくつかで、リッケンバッカーがそこら辺に置かれてましたが、セッション中ずっとヘフナー・ベースでぶんぶんプレイしていますね。

ということは、『Abbey Road』アルバムのレコーディングもヘフナーだったんですかね。

 

リッケンバッカーに戻してからのヘフナーへの帰着

その後、ウィングス時代にライブに出るようになると、またリッケンバッカーに戻しています。

 

でまた、ウィングス解散後(ビートルズ時代のものも積極的にセットリストに入れるようになったころ)のライブでは、またヘフナーに持ち代えて、今に至る、という感じでしょうか。

↓は2022年の演奏ですが、レコーディングではおそらくはリッケンバッカーを使ったであろう、ウィングス時代の名曲『Band on the Run』ですら、ヘフナー(ピックガード無し版)を使っています。そのせいかどうかわかりませんが、あんまりベースがぶんぶんと聞こえてきません。

私も、何度目かの東京公演を見に行きましたが、リッケンバッカーは一度も弾いていなかったように記憶しています。

 

私自身は個人的には、リッケンバッカーの方が好きですね。

他にリッケンバッカー・ベースを弾くプレイヤーというと、プログレ・バンドYesのベーシスト、クリス・スクワイア(2015年67歳で他界)がいますが、やはり彼のベースのサウンドも大好きです。

↓はトリビュート動画です。R.I.P.

やっぱり、ぶんぶんいっててカッコいいですね。

ではまた。

yaozoでした。

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Posted by yaozo