人生100年時代をマジで考える! 『LIFE SHIFT』~武田邦彦etc.

人生100歳時代

我が家は今でも家族みんなでテレビを見ます。

バブル期のピーク期の後、長らく低迷を続けるフジテレビであっても、ヒット番組や社会に影響を与える看板番組は今でもいくつか制作されています。2019年現在であれば松本人志をメインMCに制作されている『ワイドナショー』があります。毎週日曜日の午前中はみんなでこの番組を見ています。

ここ10年くらいであれば、『ホンマでっか!?TV』をよく見ていました。

この番組は、明石家さんまと加藤綾子がMCをつとめ、マツコデラックス、ブラックマヨネーズ、磯野貴理子などレギュラーでわきを固めるとともに、多くの「評論家」を世間に紹介しくれました。この番組で準レギュラー出演することで全国区の知名度を得た評論家は少なくありません。その意味でもこの番組の社会的功績は評価すべきだと思います。

 

武田邦彦先生の衝撃的登場!!

具体的には、池田清彦(生物)、澤口俊之(脳科学)、植木理恵(心理学)、牛窪恵(マーケティング)、中野信子(認知科学)など、この番組をきっかけにブレイクして、現在でもバラエティー番組で活躍したり、多くの書籍を出版したりしている評論家は少なくありません。

その中でも、中部大学教授である武田邦彦先生(環境)の意見が格別に異彩を放っており、目からうろこが落ちるような意見を多く聞くことができたように記憶しています。

 

この武田先生は、自身の科学主義的思考力や客観的データを土台にして、あまりに世間の常識とかけ離れた持論を展開するので、TV的にはかなりNGな人です。

そんな事情から、最近、地上波ではほぼお顔を見ることがなくなりました。

彼の持論はあまりに世間の常識の逆で、ちゃんとした説明をそこそこしっかりと聞かないと、なかなか受け入れがたいものばかりです。

専門分野である環境分野に関してだけでも、「分別リサイクルは全てムダ」「太陽光発電は非効率」など、関係団体・企業が聴くと大騒ぎするようなことを平気で口にします。

特に、NHKと朝日新聞に対しては真っ向から批判的な態度をとっておりますし、母校の東京大学はつぶしてしまうほうが良い、などとおよそ穏健な方々の耳に痛い発言が多い科学者です。

以下にいくつかの著書名をあげるだけでも大体どれくらいぶっとんでるかが見当つくかと思います。





とはいえ、地上波に出なくなってからは、YouTubeLive等で配信しているコンテンツ『真相深入り!虎ノ門ニュース』のレギュラーコメンテーターとして大活躍しています。

また、自身の自信の公式ホームページで、積極的に持論を発信しています。

一番短くまとまっているのが、↓のコンテンツです。10分で聞けますので、興味のある方は是非どうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=kB3lSMrV_uM

数ある武田先生の独自の考えの中で、私が特に興味をひかれたのが、人生100年時代の生き方に関する武田先生の考え方です。

というのも、このブログ『yaozo100』は、私、yaozoが100年時代の後半生をどうすれば楽しく生きられるかを考えるためのプラットフォームですので、「人生100年時代」はメインテーマだからです。

 

『LIFE SHIFT』の大ヒット

まずこの「人生100年時代」を考える前提には、このキーワードを日本社会で流行らせることとなった、リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットによる書籍『LIFE SHIFT(2016年)』の存在があります。



帯に『前世代必読の書』とありますが、実際この本、50過ぎのシルバー層のみならず、若い方々にも大いに関係のある論題なので、大げさではないと思います。

この書籍が有名になったのは、一部若手政治家が「人生100年時代」というキーワードに感じ入って積極的にバイラルし政治活動にまでつなげたというのもあるのですが、本の中で、ドイツの研究機関による『2007年に日本で生まれた子供については、107歳まで生きる確率が50%ある』という見解がメディアに対して大変キャッチ―だったという点も大いに寄与していると思います。

この仮説は、我が国政府が設置した『人生100年時代構想会議』の中間報告書でも引用されておますし、実際、2018年の同会議には、著者の1人リンダ・グラットンが招聘されたりしています。

それほどこの書籍の日本社会に与えたインパクトは大きかったといえるでしょう。

 

相互通行的な3つのステージ

本書では、今後は、学生時代、職業時代、老後といった3つのステージに分ける一方通行的な人生論ではなく、「エクスプローラー」「インディペンデント・プロデューサー」「ポートフォリオ・ワーカー」という相互行き来が可能な3つのステージでとらえなおすべきだ、と唱えています。そしてそこでは、有形資産(マイホームや金品等)のみならず、3つの無形資産=①生産性資産、②活力資産、③変心資産といった資産の形成が必要であるとし、人生100年時代の過ごし方に関する1つのモデルを示してくれています。

↓に引用した経産省の資料にうまくまとめてあります。

 

※出典: 「人生100年時代」を踏まえた「社会人基礎力」の見直しについて

 

この本の前にもソニア・アリソンによる『寿命100歳以上の世界(2011年)』があります。私は2010年代のはじめから自身の老後に関する懸念を持っていましたので、先に出版されていたこの本の方を先に読んでいました。


超長寿社会を、家族、経済、就労、政治と様々な観点から分析しており、大変興味深く示唆に富む良書です。

 

武田先生の考える「2回の人生」

ともあれ、国や生命保険会社等も巻き込み大いに盛り上がっている人生100年時代ですが、わが武田先生は、この人生100時代について、↓のような図を使いながら、以下のような持論を展開しています。

  • 「人生100年時代」になると、我々は人生を2回過ごすことになる。
  • ギリシャ哲学者、キリスト、ブッダ、文学者等これまでの偉人といえども、この第1の人生しか考察してこなかった。
  • よって、この第2の人生を考えるのは、人類にとってはじめての作業となる。
  • 我々には、第2の人生のための、哲学、文学、宗教が必要となる。
  • 第1の人生は「一所懸命」のステージである。人間として成熟し、うまくすれば子をなし、育てあげる。そういった「目的=仕事」が中心のステージである。
  • 第2の人生には、第1のステージにあったこのような「仕事」がない。
  • であれば、60~100歳までの生きる「目的」は何か。
  • 現在これがはっきりしていないので、第2の人生を「老後=老いてしまった後の人生」とか「高齢者」と呼ぶわけである。あくまで、第1の人生が主であって、第2の人生は「おまけ」のような扱いである。
  • しかし、この2つのステージを図のように平等の重みを持って併存するステージだととらえると、第2の人生は決して「老後」ではなくなる。

 

また、『100年人生「50歳からの人生をどう生きる」』では以下のような説を展開しています。

100年人生「50歳からの人生をどう生きる」【武田教授 youtube】

 

  • これまで人類は長らく寿命が50歳前後という「生物学的に意味のある人生」しか持たなかった。
  • 「生物学的に意味のある」とは、人類が「自身の種を複製していく」という生物としてのセオリーに則った人生である。
  • しかし「人生100年時代」に突入した現在、「生物学的に意味のない人生」を過ごすことになる。
  • ↑の図のように、第1の人生と第2の人生は合わせ鏡のようになっている。
  • 0~10歳まで心身を成長させていったように、90~100歳で生命体としてシュリンクしていく、という恰好になる。
  • その間の40年×2回が、成長と生活の時間である。
  • 全世界が、第2の人生のための哲学や人生論を持っていないため、第2の人生を「老後」としてしかとらえていない。
  • しかし、これからは医療の発達もあり、「老後」はなくなる。
  • 我々には第2の人生を素晴らしく過ごすための指針が必要である。

 

我が国の雇用制度の変遷

私などはもうすぐ60歳なので、私が社会人になったころはまだ定年退職年齢は55歳が一般的でした。1986年には60歳定年が企業への「努力義務」となり、1994年の法改正で60歳未満定年制禁止になりました。施行は1998年ですので、実態上定年が60歳になったのは、ほんの30年前のことです。

そして、その後2000年には、65歳までの「雇用確保措置の努力義務」が企業に課され、2012年には希望する労働者全員を65歳ま継続雇用することが義務化されました(施行は2013年)。

寿命が80歳ぐらいであれば、65歳で定年した後15年どう過ごすか、と考えればよいので、「旅行でもしたりして、のんびりして過ごします」ですまされたが、寿命が100歳ともなれば、第1の人生の終わりである50歳から50年もある。

こうなると、「あとはのんびりさせてもらいます」と若い世代に養ってもらうわけにはいかないので、第2の人生においてもしっかり働く気概をもたねばならない。

 

新刊『老人のウソ』

このあたりの考えをまとめた新刊が『老人のウソ』です。

これは「老人がつくウソ」という意味ではなく、「老人」という概念がもはやウソになった時代である、という意味です。

武田先生が日頃からブログで話している、高齢化社会に関して人々が抱く「老化の不安」「お金の不安」そして「体の不安」、「労働の不安(いつまで働けるのか/いつまで働けばいいのか)」などなどに対する処方箋として、第2の人生を生き生きと明るく健康に生きていくためのヒントが書かれています。




ここでは『「老後」なんてものはありません』と強調されています。

ここでは、↑のブログで語られている、『50歳が生物学的に意味のある年齢』である、という点について、女性を例にとれば、成長して結婚し、子供を産んで、育てるという営みは大体50歳までに終えるだろうし、男性で言えば、昔は兵役があり、年を取ると身内を守る体力もなくなり、(今と違って、労働の大勢を占めていた)肉体労働ができなくなるのが50歳である、と説明されています。

これまで人生は1度だけだと思われていたが、これからの人生が2度あるのです、と述べられています。

 

『人生が二度あれば(1972年 by 井上陽水)』

井上陽水が1972年にリリースしたアルバム『断絶』の中で、65歳になる父、64歳になる母をテーマにして歌った歌に『人生が二度あれば』というものがあります。

ずっと仕事に追われ、顔のシワは増え、このごろやっとゆとりができた父。子供を育てて、家族のためだけに年老いた母。その二人を思い、人生が二度あればいいのに、と歌う歌です。




23歳ぐらいのときに60台中盤の老いた父母を思ってこの歌を歌った彼自身、今年ですでに70歳を超えておりますが、いまだに持ち前の美声を響かせて日本中をコンサートで回っているわけです。

いまや、若いころの彼の願い(「人生が二度あれば」)が叶う時代になったということを、彼自身がすばらしいパフォーマンスで体現しているといっていいでしょう。

 

そういえば、四半世紀くらい前に会社が受講させてくれた「ライフプラン研修」のようなものに参加した際のことを思い出しました。

まず冒頭、講師からアンケート用紙が配られました。書き込むように指示されました。設問の1つに、自分は何歳まで生きたいかを書きなさい、という項目がありました。そしてそこには2桁分のマスがありました。

私は講師に質問しました。

「すみません。私は100歳以上を生きたいのですが、どう書けばいいですか?」

ややバツの悪そうな顔をした講師が「では、空いているところに好きな数字を書いてください」と言いました。

そうか、と思い私は早速、「120歳」と書きました。「人生100年時代」などとは誰も言っていない198年代のお話でした。







Posted by yaozo